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おきらくブックレビュー かつまに。

『1Q84』村上春樹

物語は、底のほうから響いてくる。

「趣味はなんですか?」
「オンガクをきくこと」
「どんな音楽?」
「バッハがいい」
「とくにお気に入りのものは?」
「BWV846からBWV893」
天吾はしばらく考えてから言った。「『平均律クラヴィーア曲集』。第一巻と第二巻。」
(BOOK1 P368より)


「音楽の旧約聖書」とも呼ばれるこの音楽を
模して作られている、『1Q84』。
(注目はヤナーチェックのシンフォニエッタに集まっているようですが)
持ちうるすべての音階が使われ、
24の章がひとつずつ独立した主題を持ちながらも
前に呼応し、次を追いかけていく中から
一つの世界観が浮かび上がってくるという性質の音楽であり、
少なくとも、ベートーベンやモーツァルトの交響曲とは
その成り立ちがまったく違うことくらいは
音楽にさほど詳しくない私にも、わかる。

読みながら気がつくのは、要素の多さ。
宗教、暴力、セックス、父親、肉体、表現、
決して小さいとはいえないテーマがつぎつぎ出てくるし、
音楽や文学、映画、歴史、社会事件からの引用も多い。
どこを足がかりにして読めばよいのか、戸惑う。
でも、読みすすめていくと
さらりと描かれた言葉が後に出てくる言葉によって別の意味を持たされ、
やや重すぎると感じる表現が、また別の章との対比でバランスをとる、
無駄な部分は背景に回り込みはじめる。

繰り返され、繊細に重なり合い、響きあう言葉たち。
まさに平均律クラヴィーアだ。
子どもの頃、習っていたピアノをやめたのは
バッハの練習曲のつまらなさに飽きてしまったからなんだけれど
今となればもう少し粘り強くやっていたらと思う。
また別のメロディが聞こえてきたのかもしれない。
やがて『空気さなぎ』という物語が全体を静かに覆う、
この小説のように。

わかりやすいテーマやひとつの物語に
収斂させていくのがスタンダードである小説群のなかで、
村上春樹はそうではない小説のスタイルに挑戦し続けている。
あくまでも作品そのものの価値と、
作家としての姿勢に対する評価は別ものであるとは承知で、
やはりそういうチャレンジについて、
私は応援したい。

本当だったらいい小説を読んだ後では
物語の余韻にまるごとひたって、こころの動きを感じていたい。
でも、『1Q84』のように堅牢に組み立てられ
細部まで考え抜かれた小説を読み終わったあとでは
絡まりあった言葉をほどきたくなるし、
どう面白かったか、どう美しかったかを
やっぱり誰かと共有したくなりました。

そんなわけで、久しぶりに。

かおるん

1Q84 BOOK 1

村上春樹 / 新潮社



1Q84 BOOK 2

村上春樹 / 新潮社





by kao-run69 | 2009-06-15 10:53 | 村上春樹

10月なのに、アップルパイを焼くのを忘れそうです。来週あたりのTO DOリストに加えておきますが、もし忘れていたら声をかけてください。
by kao-run69
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